「時は来た」橋本真也に学ぶ、上手な時刻の告げ方

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従業員の生産性や効率が上がらないーーー。働き方改革という号令が鳴り響き、労働時間を画一化して見たものの生産性や効率は上がらない。従業員に問題があるのでは?そもそも無理な話なのでは?という事がささやかれている。本来であれば柔軟な時間を管理できるタイムキーパーが存在してこそ労働時間の変化に生産性や効率を伴わせる事ができるのだが、多くの企業はタイムキーパーを置く事が出来ていない。そこでタイムキーパーの仕事は何なのか、事例としてプロレス界では大変知られている橋本真也の事例をもとに学ぶことにする。



橋本真也とは

橋本真也と言えば「破壊王」という異名でも知られ、30代以上であればプロレスファン以外でもご存知だろう。中には「爆殺シューター」の方がしっくりくる人もいるかもしれない。90年代から2005年に亡くなるまでプロレス界を牽引した一人でもある。体型に似合わずキックやチョップの打撃主体の攻めを行い、フィニッシュにはDDTという戦い型だが、柔道経験者のように絞め技も得意としていた。

あんこ型の体型にパンタロン、ガウンに太いハチマキ姿も想像に難くないほどルックスも知られていた。また武藤敬司・蝶野正洋とともに闘魂三銃士を呼ばれ、藤波・長州の下の世代から頭角を表している。奇しくも全日本には三沢や川田、小橋といった超世代軍も同時代であり、これらの台頭も含めてプロレス界が盛り上がったところもある。またプロレス史にも残る抗争や名言も多く残しており、プロレスファンからは忘れられない存在だと言える。

トニー・ホームとの抗争

フィンランドのプロボクサーだったトニー・ホームは新日本参戦時に橋本との間で抗争が起きる。橋本は異種格闘技戦の相手としてホームと対戦。ボクサー相手に連敗を喫したは橋本はプロレスラーの威信を賭けて修行に取り組み、対ボクサー用の必殺技として水面蹴りを習得。3度目の対戦では腕ひしぎ逆十字固めでギブアップ勝ちを収める。

小川直也との抗争

バルセロナオリンピック柔道銀メダリストの小川直也がプロ格闘家に転身。アントニオ猪木のUFOに身を寄せ、新日本プロレスを挑発。この外敵を迎え撃つ形で橋本が戦う。1度目は小川が勝つも、2度目は橋本がKO勝ち。3度目の対戦は1・4東京ドームで行われるがセメントマッチの様相を呈するものとなった。小川がセメントを一方的に仕掛け橋本が試合を止めようとするが、結果として橋本は一方的にやられてしまう。試合後に新日本とUFOで乱闘となり、この時に安田忠夫が村上和成を倒したあと、飯塚がストンピングを入れ続けたことで村上が負傷し、その後の因縁が出来上がることとなる。

その後橋本は小川に連敗し、「負けたら即引退」という覚悟を決めて小川と戦うも敗北。そのまま引退した。

長州力との抗争

一度引退した橋本だったが新日本プロレスに復帰。他団体との交流戦に意欲を燃やし、交流戦を行うための団体を新日本の中に作るもこれを長州が良しとしなかった。結果として橋本は新日本を退団するも、新日本の台所事情から橋本と長州のカードがドームで組まれることとなる。(関連記事:2001年1・4東京ドーム 伝説の技「ドラゴンストップ」を振り返る

そして2ヶ月後の3月にZERO-ONEを設立。その2年後、橋本がスポーツ紙を使って長州批判を行い、それが再度遺恨に発展することとなる。(関連記事:伝統芸能を目指したのかもしれない。ナニコラ、タココラ問答

タイムキーパーとは

4月から新社会人になる人数は毎年30万人前後います。社会人になると学生の時とは違い、時間を厳守する事が必要になります。環境が変われば生活環境も変えなくてはならない場合があります。その中で一番難しいのが時間の管理と言われており、もっとも効率よく時間を管理する方法としてタイムキーパーの存在があります。

また昨今の「働き方改革」でこのタイムキーパーの存在が再び注目を浴びています。テレビやラジオなどリアルタイムで進行が必要な業界では重要な役割ですが、このタイムキーパーの仕事が一般企業でも評価されています。労働時間を短縮しながらも同様の収益をあげるには時間当たりの密度をあげるか労働の質を改善するしかありません。そうなると慌ただしくなり仕事が雑なる、結果質が下がるという負のスパイラルに陥りかねません。慌ただしい中で時間を管理し、それを周知させ効率をあげることこそタイムキーパーに求められている役割と言えるでしょう。

時を告げる「時は来た!それだけだ」

1990年2月の「スーパーファイト in 闘強導夢」で猪木・坂口組vs橋本・蝶野組が組まれ、当日全員がリポーターに試合前の感想を聞かれる。その時、闘魂三銃士として頭角を現してきた蝶野は立ちはだかる猪木坂口に対して「潰すぞ今日はオラァ、よく見とけオラァ!」と掛かり気味だった。ところが橋本は至って冷静に「時は来た!それだけだ」と語るのである。
橋本があまりにも突然に時刻を告げたので蝶野は失笑するよに顔を背けるのだが、橋本が時刻を告げたのには理由があった。蝶野が掛かりすぎていたからであろう。ちょうど少し前の1989年12月24日の有馬記念では1番人気のオグリキャップが道中2番手につけながらも最後に失速し5着だった。このレースは後方待機していたイナリワンが1着を取り、最後に脚を溜めたことから勝利につながったわけだが、橋本も掛かり気味で序盤でスタミナを消耗してしまう恐れの蝶野に対して冷静になるように促したわけである。地力では劣る橋本蝶野だったが、戦い方次第で勝つ可能性はあったのである。

では冷静にさせるためになぜ時刻を告げたのだろうか?それは闘うまでの時間を管理するタイムキーパーとしての役割からである。「冷静になって、これから試合だよ。もうすぐ試合が始まる時間だよ。」と伝えたかったわけである。ただ、ありすぎたのは突拍子でありかつ端的で言葉が少ないため理解されにくいのである。

試合は蝶野が猪木に対して延髄斬りや卍固めを仕掛けるも、最後に延髄斬りで倒され3カウントを奪われてしまう。冷静さを取り戻し、相手の持ち技を仕掛けるという戦略を使ったにも関わらず負けたのは蝶野橋本組は悔しかったことだろう。試合後に猪木がマイクアピールで「橋本と蝶野。今日は立っているのがやっとでした。二人は本当に強くなりました」と認めていたのである。橋本が「時は来た!」と言わなければ蝶野は掛かり気味に戦いすぐにスタミナを消耗指定ただろう。

もし周りに冷静さを欠いていたり、興奮して入れ込んだりしている人がいる時は別の人にインタビューしてもらい「時は来た!それだけだ」と言うといいだろう。もちろん言うタイミングも重要である。早すぎてもダメだし遅すぎてもダメである。的確に時間を抑えて且つ冷静にして力を発揮させる言葉を聞いた人は間違いなく、本来の力を発揮し効率が良くなる。タイムキーパーとして橋本が発した「時が来た!」はまさに魔法の言葉であろう。

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