「熊と闘ったことはないけど、本当に熊と闘っている気分だった。」”熊殺し”YOSHI-HASHIに学ぶ、異名の付け方

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まず、最初に断言しなければならないことがある、YOSHI-HASHIは”熊殺し“であることを。人間誰しもアダ名や異名がついている。特に外国かぶれの人間は自分の名前に「a.k.a」と書いているものが多く、目にする機会も多いだろう。異名とはその人を形容する言葉として使われているため、またコロコロと変えたりはしないことから、実際にどのようなものをつけるか悩みどころである。今回は、先日異名を付けたばっかりのYOSHI-HASHIに異名の付け方を学ぶ。



YOSHI-HASHIとは

新日本プロレスファンならご存知、昭和のプロレスファンなら知らないかもしれない。そんなYOSHI-HASHIを知らない人には、どのような選手か説明が必要だろう。YOSHI-HASHIは内藤哲也戦でデビュー。メキシコ遠征後、ヘビーに転向しCHAOS入りをし、CHAOS内での愛されキャラとしての地位を確立する。

金髪に顎髭、赤のロングタイツという風貌である。入場時には孫悟空のていで如意棒を持って入場している。この棒はかつてCHAOSがまだヒールユニットである頃には凶器として使っていたが、CHAOSのヒール成分が相対的に薄れたことに合わせて入場時のアイテムとなっている。

カルマのようなオリジナルホールドやちょっと左周りぎみのスワントーンボムといった飛び技をはじめ、使う技はバランスの良いタイプである。同世代の内藤や年下のオカダカズチカの活躍が目立っていることや、CHAOS内での立ち位置の問題もあり、なかなか浮上のキッカケを掴むことができていない印象がある。愛すべきキャラクターではあるものの、これからはシングルプレイヤーとしての実績が欲しいとこだろう。

そんなYOSHI-HASHIもブレイクの兆しが見えたことがある。それは2016年G1クライマックスで新技カルマで新日本のエースの一角であるケニー・オメガから金星を奪った。新技を提げG1の台風になるかと思われたものの、終わってみれば3勝6敗の勝ち点6だった。ただ、ここでオメガに勝利したことが後々つながることとなるとは誰も知る由がなかった。

俺のハートは砕けたか?

2016年のG1クライマックスは外国人であるケニー・オメガの優勝で終わった。G1クライマックス優勝者にはIWGP挑戦権を手に入れることができるのだが、オメガは挑戦権に対する挑戦者としてYOSHI-HASHIを指名した。G1でオメガに土を付けたことで指名された訳である。そして2016年9月22日DESTRUCTION in HIROSHIMAで対戦、オメガの勝利で終わる。

翌年、新日本プロレスで新しいヘビー級のベルトUSヘビーが誕生し、初代王者としてケニー・オメガが就く。そして同じ大会である9月24日DESTRUCTIONで行われたUSヘビー級戦(挑戦者はジュース・ロビンソン)にオメガが勝利したあと、会見場にYOSHI-HASHIが現れ、挑戦を表明する。

これが世に言う「俺のハートは砕けたか?」である。
(関連記事:YOSHI-HASHIの「俺のハートは砕けたか?」に学ぶ修辞法

10月15日ROHシカゴ大会でオメガvsYOSHI-HASHIのUSヘビー戦が行われる。試合は賛否両論のバレットクラブとCHAOS入り乱れてのアメリカンプロレス。シングルプレイヤーとしてのYOSHI-HASHIのタイトル朝鮮の要素はなくなったが、結果として盛り上がる試合だった。破れはしたものの2016年のG1からずっと引っ張り、因縁に合わせて名言を生み出すなどYOSHI-HASHIのキラリと光る何かが垣間見えたとも言える。

熊殺しの異名をもつ者

プロレスファンのみならず格闘技ファン、いや多くのアメリカ人と日本人にとって「熊殺し」と言えばウィリー・ウィリアムスであろう。プロレスとは切っても切り離せないウィリーは極真会館出身の空手家であり、実際に本物のグリズリーと戦っている。そのため”熊殺し”の異名を持つ空手家として知られていた。

熊殺しのインパクトは絶大で、プロレスが最強か空手が最強かということから異種格闘技路線を進む猪木と戦うことになる。1980年2月27日蔵前国技館で行われた格闘技世界一決定戦で対戦。ウィリーはグローブ着用、グラウンドは5秒までというルールで行われた。ウィリーの頭突きが繰り出されたりと緊張感がある中、猪木が足を取りに行ったところでもつれるように場外へ転落。場外でウィリーが上から猪木を殴打・蹴りを入れ猪木が流血する。ウィリーの膝蹴りが繰り出される中、猪木も腕ひしぎで反撃する。

4ラウンド目に突入し、ロープ際で組み合っている状態からの首投げで両者場外へ転落。今度は猪木が場外で腕ひしぎを決める。両陣営がもつれ合い、試合は両者レフェリーストップという結果で白黒つかずに終了した。

そこから17年後のファイナル・カウント・ダウン6thで猪木と再戦。決め技指定マッチという特殊ルールで猪木に破れることとなる。このことからもかつての熊殺しは新日本に所縁のある外国人であったのである。

熊殺しYOSHI-HASHIの誕生

2018年7月22日G1クライマックスのマイケル・エルガン戦に辛くも勝利したYOSHI-HASHIからある宣言が飛び出すこととなる。

「パワーもスピードも桁違いで、途中頭打っちゃって、アイツが本当に途中から熊にしか見えなくなっちゃって…。熊と闘ったことはないけど、本当に熊と闘っている気分だった。そのエルガンを倒したからオレは今日から『熊殺し』の異名でいこうと思っています。」

どことなくYOSHI-HASHIの人間性が垣間見える発言だが、体験に基づく決意を汲み取ることができる。

自分で「熊殺し」と名乗るように自身発の異名の付け方には古来より賛否両論がある。異名は一昔前ではヘイスタック・カルホーンの「お化けかぼちゃ」やブルーノ・サンマルチノの「人間発電所」のような何かわからないけど凄そう!というような異名が多かった。ここ最近では団体が売り出すためのキャッチコピーの場合が多いだろう。YOSHI-HASHIも「ヘッド・ハンター」という立派な異名が付いているが、あえて熊殺しを取りに来た。これはある意味”熊殺しの襲名”である。

YOSHI-HASHIは熊と戦ってはいないが、熊と戦っている気分になることで仮想熊と戦うことができたのである。仮想敵についてだが、超一流の武芸者は等身大のカマキリをイメージして戦ったという逸話があり、今回の仮想熊はそれに近いものがあったと想像される。本物と戦わずして本物と戦ったような経験を得る。まさにYOSHI-HASHIはある意味超一流の域に達したのかもしれない。この異名のを名乗ることはYOSHI-HASHIの今後の飛躍につながるかもしれない。もし、自分で異名を付ける場合はYOSHI-HASHIのように思い切って付ける方がいいだろう。

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