「夏男」蝶野正洋に学ぶ、暑い夏の快適な過ごし方

記事がシェアされることで次の記事作成に繋がります。シェアにご協力ください。
  • 7
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

2018年の夏は猛暑真っ只中。連日うだるような暑さが続き、暑いところでは40度超えも起きている。熱中症も心配されており、今後も暑さには警戒が必要である。この時期になると猛暑にも関わらず様々なイベントが行われている。フジロックやロックインジャパン、サマーソニックといった野外音楽フェス、レッスルマニアをオマージュすると言われているももクロマニア、高校球児がしのぎを削る選抜高校野球、大相撲夏場所など。プロレス界ではG1クライマックスが現在ではもっとも知られているだろう。それぞれ激戦が繰り広げられるわけだが、そんな真夏の激戦を制し乗り越えることに長けた人物としては蝶野正洋が有名である。今回は暑い夏の快適な過ごし方を蝶野から学ぶことにする。



蝶野正洋とは

日本国民の大半は知っているであろう蝶野であるが、知らないと恥ずかしくてコンビニにいけないくらいに知名度のある人物である。現在では年末の風物詩として大晦日に落語家の月亭方正にビンタをしにくる人物ということで知られている。そんな蝶野であるが新日本プロレスで若手の頃、武藤敬司、橋本真也と並び闘魂三銃士と呼ばれた一人である。闘魂三銃士時代は白に色が入ったロングタイツを使用し、短髪で口髭の風貌だった。「ドロップキックに耐えられる胸板を作る」といったフレーズでプロレス中継内でローイングマシンのCMもしていた。

持ち技としてはフィニッシュホールドであるSTFをはじめバタフライロックといった絞め技のほかではケンカキックの印象が強い。長渕剛がドラマの中でやる蹴りなのだが当初ヤクザキックと言われていた。しかし、テレビ中継の際にケンカキックとの名称に変更されている。三銃士の中では武藤がアメリカンプロレスの流れから華のあるスタイル、橋本があんこ型の体系での蹴り主体と珍しいものであり、それに比べるとシンプルな技の構成による蝶野のファイトスタイルはどこか華があまりなかった。

時は来た、ただそれだけだを耐えた男

1990年1月4日の東京ドーム大会で蝶野は橋本と組み、猪木坂口組と対戦をする。このカードは二つの名言が飛び出したある意味歴史的なカードと言われている。試合前に両陣営にインタビューが行われるのだが、白い着物と橋本と羽織の蝶野に対して「どう戦いますか?」との問いが行われる。

この問いに対して気合の入った蝶野はいかにもプロレスラーらしく「潰すぞオラ、よく見とけオラ」とまくし立てる。そして「橋本選手いかがですか?」とマイクを向けられると橋本は「時は来た。それだけだ・・・」と発言。この発言を聞いて蝶野は吹き出しそうになりながらも、自然にそれをごまかすが如く口に手を当て、音が出るように息を吸い込むのである。そして大一番の前に笑いを堪えることに成功できたのも蝶野の精神力がなせる技だろう。

夏男とは

蝶野は一時期、夏になると必ず「夏男」と言われていた。この「夏男」とは、夏場に活躍するイメージのある男性のことで、スポーツ界では夏場に調子が上がる選手のこと指す。これは大量に汗をかくことで早いタイミングで体の調子が良くなることからとも言われている。また夏場はオールスターゲームなどのシリーズの節目となることが多いのでそこを境に調子が上がっている場合もある。例年、夏場に高いパフォーマンスを発揮する男性がいればそれは夏男で間違いないだろう。

ミスターオーガスト宇野勝

古い野球ファンであればミスターオーガストこと宇野勝のことはご存知だろう。中日ドラゴンズにいた選手だが、この宇野も夏男の印象が強いと言われており、夏場にホームランを量産することで遊撃手ながら40本塁打を放ったり、1984年のホームラン王になるなどのパフォーマンスを発揮していた。また、珍プレー好プレーでおなじみではあるが、内野フライの捕球時に照明が目に入ってしまったため、捕球できずにヘディングしたのも8月のことである。

TUBE前田亘輝

TUBEは言わずと知れた日本のロックバンドである。そのボーカルである前田亘輝の印象が強いが4人で構成されており、夏場での活動が多いことからTUBEおよび前田を「夏男」と称することがある。夏場だけでなく冬場でも活動しているが、ヒット曲のタイトルが「あー夏休み」や「夏を待ちきれなくて」「夏を抱きしめて」といった夏を多く含んでいる。初めての紅白歌合戦では真冬にも関わらず「夏を待ちきれなくて」を披露して、「どれだけ夏が好きなんだよ」とお茶の間を心配させた。

ミスターG1蝶野正洋

今年も行われているが新日本プロレスでは夏のこの時期G1クライマックスというシリーズが開催される。この大会は1991年から始まっており、その歴史の中で蝶野は第1回・第2回・第4回・第12回・第15回と実に5回の優勝を飾っている。蝶野はG1に優勝するまで日本での大きなタイトルはIWGPヘビータッグ王座に一度ついただけだったため、シングルプレイヤーとしてはまだ押しも押されぬトップレスラーとしての評価ではなかった。しかし、G1を制したことで一躍シングルプレイヤーとしての評価が高まることとなる。

暑い夏の快適な過ごし方

蝶野はG1を制覇することで、選手としての浮上のきっかけを得ている。特にヒールターンする前の3回の優勝は蝶野のプロレス人生に大きな影響を与えていたことは間違いない。

第1回の優勝は蝶野がシングルプレイヤーとして通用する実績作りに大いに役にたった。第2回はプロレス界でも歴史のあり、ハーリー・レイスが長期間保持していたNWAのベルトを手に入れることができた。そして第4回のG1制覇で蝶野は「俺がG1男の蝶野だ、覚えておけ!」と叫び、そのあと体制に牙を向きヒールターン。この動きは押さえ込まれていた蝶野の心を解放し、そこから黒のカリスマとしてnWoブームの引き金を引くこととなるのである。

一般的には夏場は暑さから体力を奪われ、無気力になりがちである。しかし、大きな目標が達成されるのであれば気力体力が衰えている場合でも、無理して達成することが望ましい。蝶野の事例を見るだけでも夏場に達成し得られたことは、その成果だけでなく心も解放されるのである。心の解放をすることで余裕が生まれ、これまで不快に感じていたこともなくなり、夏を快適に過ごすことができるようになるだろう。

Facebookページのフォローで最新記事もすぐ読めます!


記事がシェアされることで次の記事作成に繋がります。シェアにご協力ください。
  • 7
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*