新党ブーム再来か!?獄門党に学ぶ、新党結成の仕方

2017年9月安倍首相の宣言により衆議院が解散した。10月に衆議院総選挙が行われるのだが、選挙に向けて新たに政党が立ち上がっている。
それは希望の党と立憲民主党で、希望の党は小池都知事率いる都民ファーストの会が国政進出のために立ち上げた政党、また立憲民主党は希望の党に公認がもらえない民進党左派により結成されたものである。さしずめかつての新党ブームを思わせる動きである。
プロレス界にも、選手の引退離脱により残された選手で結成した党があった。その党の名は獄門党。今回はその獄門党から新党結成について考察する。




獄門党結成と新党ブーム

自民党の長期政権が続き、政治への閉塞感のある中、無党派の支持を集めた日本新党という小さな政党があった。この日本新党の登場をきっかけに様々な小規模政党が誕生し、新党ブームという一大ムーブメントを起こす。その後、日本新党は短期間ながらも政権を奪取し長く続いた55年体制に終止符を打った。

そして、その新党ブームの前に結成されたのが獄門党である。奇しくも獄門党の登場から少し遅れた4年後に新党ブームが到来。いろんな新党が参考にしたとか、していないとか言われている。

獄門党の結成は前身である極悪同盟の存在がある。かつて全日本女子プロレスが一大ブームを巻き起こしていた時、クラッシュギャルズに対抗するヒールの軍団が極悪同盟であった。

凶器攻撃などの反則や身代わりで登場、レフェリー阿部四郎の露骨な肩入れなど極悪非道の限りを尽くした極悪同盟だが、1988年リーダーであるダンプ松本の引退により解散することになる。(⇨関連記事:贔屓することに価値がある。阿部四郎に学ぶ、大人な贔屓の仕方)
同年、残されたブル中野は中心に結成された新党が獄門党を結成することとなる。新党立ち上げ時のメンバーには、グリズリー岩本、アジャ・コング、バイソン木村などヒールとしての人気と実力を兼ね揃えたレスラーが揃っていた。また結成後も井上京子や渡辺智子の加入もあり、より一段と活発な活動が可能となった。
党名の獄門党は、横溝正史の長編推理小説『獄門島』(ごくもんとう)由来と思われる。

政治政党と獄門党の違い

政治政党の場合は要件が存在し、国会議員が5人以上所属するか、直近の総選挙、直近とその前の参院選挙のいずれかにおいて、全国で2パーセント以上の得票(選挙区か比例代表かいずれか)がある必要がある。

獄門党の場合は特にないが、凶器攻撃だけでなくしっかりとしたプロレスの技術を身につけ手痛レスラーが揃っていた。

また、政党の場合は活動を助成するために政党交付金が交付されるが、獄門党は政党ではなかったため交付金はなかった。

さらに、政党の場合は選挙に当選することで議員になることができるが、獄門党は特にない。

特に金銭面でのメリットはなさそうな獄門党は1988年の結成からブル中野が引退した1997年まで活動が続いた。

新党結成の仕方について

獄門党はスター選手の抜けた穴を埋めるためにサブリーダーだったブル中野が自分をリーダーとする組織を結成する必要があった。
バレットクラブのように2代目リーダーとして引き継ぐことも可能であった。しかし、ブル中野は組織を解体し、新党を結成したのである。
それはベビーフェイス対ヒールの構造を維持するためだけではなく、新しいプロレスを模索したためであった。
事実、ブル中野vsアジャ・コングといったヒールレスラー同士が戦うことで人気が過熱し、質の高いプロレスを繰り広げることができたのである。

新党結成に際して一番必要なもの、それは何かを成し遂げたいを強く思う心構えではなかろうか。

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